シアル酸研究会の歩み

※研究会の詳細を見るにはそれぞれのタイトルをクリックしてください。

シアル酸を基本構造とした生理活性物質の探索研究を始めたころ(1978年)は、シアル酸と細胞核内物質との結合を第一テーマとし、まず、Nアセチルノイラミン酸の立体構造を明らかにするところから研究を始めた。この研究テーマは、1964年、北里大学に薬学部が設置され、その出発点にあたって薬化学教室の研究中心テーマとした、「ヌクレオシド類の合成研究」の発展に位置づけたものである。

初めてのシアル酸関連報告は日本薬学会第100年会(1980年)で行ったが(1,2)、この研究は生化学、薬理学、合成化学の各分野の研究者が共同して行わなければ成果が上がらないと考え、研究勉強会を行う必要を感じた。このようにして、第1回の会合を北里研究所会議室で行った。

  • 1) 小倉、岩木、古畑 日本薬学会第100年会、1980、2192)
  • 2) 小倉、古畑 同上、133

第1回シアル酸研究会(1980年6月21日:北里研究所)

その後、この研究会を随時開催して、研究連絡を行うと共に、研究遂行に必要な課題に関係する講師を招いて勉強を続けることとなった。この間の研究結果は「シアル酸の誘導体と立体化学」と題して、第23回天然有機化合物討論会(1980年、7月)で報告した。(注)

  • 注)小倉、古畑、志鳥、伊藤 第23回天然有機化合物討論会、1980、295
    シアル酸研究会の必要性を強く感じたので、当時、下記のような趣意書を作って、活発に活動する基とした。すなわち、『シアル酸関連物質は、生体機構の重要な役割を担っていることはよく知られた事実であります。我々はこの点に注目して種々の研究を進めておりますが、生化学、薬理学、合成化学の各分野の研究者の共同研究であるために相互の研究連絡が重要な課題となるのであります。そこで、連絡会の開催が強く要望され、すでに第1回の会合を去る1980年6月21日北里研究所会議室で行ったのであります。その後、半年を経ましてますます研究連絡会の必要性を感じ、非公開の形式のまま「シアル酸研究会」として正式に発足させたいと存じます。「シアル酸研究会」は随時開催しまして研究連絡を行うと共に、研究遂行に必要な課題については、講師を招いてお話を聞き、お互いに切磋琢磨して行きたいと存じます。小倉治夫』というものであった。

第2回シアル酸研究会(1981年2月14日:関東医師製薬㈱三井ビル会議室)

第3回シアル酸研究会(1981年7月21日:年金基金センターセブンシティー)

この年は、日本薬学会第101年会(1981年)において、シアル酸の誘導体合成法について、報告することが出来た(4,5)。また、琵琶湖畔で行われた第1回日仏シンポジウム(1981年5月)において、シアル酸のヌクレオシド誘導体の合成法について報告し(6)、第6回 Glycoconjugates において、大澤教授らと共同で、前記の化合物に顕著な免疫調節作用があることを発表した(7)。更に、第9回核酸化学シンポジウム(1981年10月)において、N-アセチルノイラミン酸の新規なO-グリコシドの合成法を発表した(8)
N-アセチルノイラミン酸の基本構造を解明すべく、各種誘導体のCD曲線を測定して、αアノマーとβアノマーの決定を行い、Tetrahedron Lett.に報告した(9)

  • 4) 小倉、古畑 日本薬学会第101年会、1981、481
  • 5) 小倉、岩木、陳、武田、古畑、同上、481
  • 6) H.Ogura, K.Furuhata, H.Takahashi, Proc.1st French-Japanese Symp. on Med.Fine Chem., 1981, 50
  • 7) H.Ogura, K.Furuhata, I.Kijima, S.Toyoshima, T.Osawa, Proc. 6th Glycoconjugates, 1981, 481
  • 8) H.Ogura, K.Furuhata, K.lwaki, H.Takahashi, Nucleic Acids Res. S10, 23(1981)
  • 9) H.Ogura, K.Furuhata, Tetrahedron Lett., 22, 4265 (1981)

第4回シアル酸研究会(1982年12月27日:年金基金センターセブンシティー)

次回には日本におけるシアル酸研究の創始者である山川民夫先生に、シアル酸研究の歴史的なお話しをお願いすることにした。  
この年は、日本薬学会第102年会(10,11,12)及び第5回糖質シンポジウム(13)においてN-アセチルノイラミン酸誘導体の合成について多くの報告を行うことが出来た。また、大澤教授の免疫調節研究は学会誌上を飾った(14)

  • 10) 小倉、古畑、斎藤、伊藤、志鳥 日本薬学会第102 年会、1982、537
  • 11) 小倉、坪山、丸山、古畑 同上、537
  • 12) 小倉、古畑、石川、伊藤、志鳥 同上、537
  • 13) 小倉、古畑、坪山、石川、伊藤、志鳥、第5回糖質シンポジウム、1982、82
  • 14) I.Kijima, K.Ezawa, S.Toyoshima, K.Furuhata, H.Ogura, T.Osawa, Chem. Pharm. Bu11., 30, 3278 (1982)

第5回シアル酸研究会(1982年12月27日:年金基金センターセブンシティー)

山川先生のお話しはさすがに面白く、多数の出席者を集め、引きつづき懇親会を行った。
山川民夫先生にシアル酸研究会の会長をお願いし、今後の研究会を公開とすることを決めた。

第6回シアル酸研究会(1983年12月27日:関東医師製薬㈱会議室)

この年は、日本薬学会第103年会においてシアリルラクトース合成の報告を行った(15)

  • 15) 小倉、古畑、伊藤、志鳥 日本薬学会第103年会、1983、207

第7回シアル酸研究会(1984年7月28日:学士会館分館)

第7回シアル酸研究会は出来るだけ案内状を出して、公開したので、多くの出席者があった。終了後、懇親会を行った。
この年は、日本薬学会第104年会においてシアロヌクレオシドの合成について、第28回日本薬学会関東支部大会において2-デオキシ-2, 3-デヒドロ誘導体の合成と、これを用いた新しいグリコシド合成法について発表した(16)

  • 16) 小倉、藤田、古畑、伊藤、志鳥、吉村 日本薬学会 第104回大会、1984、229;小倉、穴沢、古畑、伊藤、志鳥 日本薬学会関東支部第28回大会、1984、70

第8回シアル酸研究会(1985年7月2日:薬学会館ホール)

第9回シアル酸研究会(第1回国際会議)(1985年11月16日:住友ホール) Structure and Function of Glycoconjugates-Recent Progress-

第9回シアル酸研究会は山川先生の肝入りで、国際会議として開かれた。関東医師製薬㈱のご厚意により、住友ホールを用い、アブストラクトを用意することができて、更に、国外から、シアル酸の世界的権威である、パールセン教授とシャウァー教授を招くことが出来た。特に、シャウアー教授とはその後も密接な関係を保ち、日独シアル酸シンポジウムを開催することになった。
本シンポジウムでは300名をこえる出席者があった。
この年は、日本薬学会のほか第8回糖質シンポジウムにおいてシアロヌクレオシド誘導体、2-デヒドロ誘導体について報告した(17,18,19,20)。春には、日本化学会春季大会において特別講演にノミネートされ、総合発表する機会をえた(21)。この年は、更に第8回glycoconjugatesシンポジウムがHustonで行われ、2-デヒドロ誘導体(22)、5-アミノ誘導体(23)について報告した。

  • 17) 小倉、藤田、古畑、伊藤、吉村、志鳥 第l05年会、1985、633
  • 18) 小倉、宇土、古畑 同上、634
  • 19) 小倉、穴沢、古畑 同上、634
  • 20) 小倉、古畑、穴沢、藤田 第8回糖質シンポジウム、1985、31
  • 21) 小倉 日本化学会春季大会、1985、1650
  • 22) H.Ogura, K.Furuhata, K.Anazawa, M.Goto, H.Takayanagi, M.Itoh, Y.Shitori, VIII International Symposium on Glycoconjugates, 1985. 180
  • 23) S.Yoshimura, S.Shibayama, M.Itoh, Y.Shitori, H.Ogura, ibid., 185

第10回シアル酸研究会(第2回国際会議)(1986年10月13日:京王プラザホテル) Frontiers of Glycoconjugate Research

このシンポジウムは、山川会長の肝入りで、多くの著名外国人講師を招くことが出来たので、出席者は440名を数え、シアル酸研究会始まって以来の盛況となった。関東医師製薬㈱のご厚意により、要旨集を準備することが出来た。なお、第9回、 第10回の講演は英語で行われ、第10回会議は特に、同時通訳を用意することが出来た。この頃から、日本国内はもとより全世界的にシアル酸関連研究が大きく進歩した。

第11回シアル酸研究会(1987年10月24日:北里大学)

第12回シアル酸研究会(第3回国際会議)
(1988年5月18日〜5月21日:ベルリン日独センター)

ポスター発表は、SYNTHESIS15題, ANALYSIS, STRUCTURE 16題, BIOSYNTHESIS 9題, CLONING 2題, DEGRADATION 14題, ROLE IN MALIGNANCY 13題, BIOLOGICAL PHENOMENA 25題で合計94題に及んだ。
この日独シアル酸シンポジウムは、新装なった「日独センター」(旧日本大使館)で、こけら落としの一環として開催されたから、その意味でも大変な成功であった。この年の翌年には東西両ドイツの併合があり、記念すべき壁が壊されたが、当時はまだ現存していた壁を越えて、博物館の見学や東ドイツのバス旅行など、山川先生を団長として行われた。Schauer教授のお骨折りで、proceedings が発行され「SIALIC ACIDS 1988」として今日に残っている。参加者も日本、ドイツの他、広くヨーロッパ各地からも多く、記録的であった。その後、日独シアル酸シンポジウムは開かれていないが、このシンポジウムを機にヨーロッパはじめ世界各国で、国際シアル酸シンポジウムが開催されている。我が国では、2006年に開催される。

第13回シアル酸研究会(第4回国際会議)(1990年8月18日〜8月21日:富士研修センター)FUJl'90 POST-SYMPOSIUM

この国際会議を基礎にして "Carbohydrate-Synthetic Methods and Applications in Medicinal Chemistry" Edited by H.Ogura, A.Hasegawa and T.Suami をKODANSHA-VCHから出版した。
平成4年度定年退職にあたり、「シアル酸をリード化合物とする生理活性物質の探索」というタイトルで、薬学雑誌に論文を掲載した。引用論文を参照されたい。【小倉治夫、薬学雑誌、114(5) 277-303 (1994)】

第14回シアル酸研究会(1996年11月29日:京王プラザホテル)

第15回シアル酸研究会(1997年11月21日:東京大学山上会館)

第16回シアル酸研究会(1998年11月24日:長井記念館)

第17回シアル酸研究会(1999年11月24日:長井記念館)

第18回シアル酸研究会(2000年11月22日:長井記念館)

第19回シアル酸研究会(2001年11月22日:長井記念館)

第20回シアル酸研究会(2002年11月28日:長井記念館)

第21回シアル酸研究会(2003年11月22日:北里大学)

第22回シアル酸研究会(2004年11月6日:北里大学)